Giorgio de Chirico


  

  ジョルジオ・デ・キリコ


  

  

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美術家DATA 形而上絵画 目次

美術家の言葉 目次

ism(美術運動)の証言 目次

制作技法・手法と効果

経歴

1888 ギリシアの港町ヴォロで生まれる。両親はイタリア人。アテネの理工科学校で版画、彫刻の模写摸刻を行う

1905 父が死去

1906 ミュンヘンに移住。ベックリンとニーチェの思想に多大な感化を受ける

1911 パリのカンパーニュ・プルミエールのアトリエに住む。キュビズムや未来派らの運動を軽視し、自らの絵画を探究。幾何学形態と透視画法を使用した絵画をすでに描きはじめる

アンデパンダン展とサロン・ドートンヌに定期的に出品

1913 アポリネールに注目される

1914 誰もがよく知る代表作ともいえる『街の神秘と不安』を制作

1915 第一次大戦に召集

1916 戦地で負傷し野戦病院に入院

1917 チューリッヒのダダ画廊で最初の個展を開催

1918 除隊後、イタリアに住む.前衛美術雑誌『ヴァロリ・プラスティチ』を創刊

1919 ベルリンで個展を開催。ダダイストに影響を与える

1921 ミラノで個展

1924 第14回ヴェネツッア・ビエンナーレに出品

1925 パリでシュルレアリストの先駆者として迎えられるが、転向。古典に回帰し、作風を変える

1926 「イタリア1900年代の作家114人」の展覧会に招待される。パリ、ミラノで個展

1929 幻想小説『エブドメロス』出版

1930 ベルリンで個展。オペラ「オレステースの生涯」の舞台装置を手掛ける

1933 チューリッヒで個展。オペラ「清教徒たち」の衣裳、舞台装置を手掛ける

1935 ローマの第二回クワドリエンナーレ展で特別室を与えられる。NYで大回顧展開催

1942 第23回ヴェネツッア・ビエンナーレで一室を与えられる

1950 チューリッヒでの「未来派、形而上派展」に出品

1955 NYでの「形而上絵画時代の作品展」に出品

1968 ミラノで形而上的テーマの新作展。NYで「ダダ、シュルレアリスムとその後裔展」に出品

1970-74 「デ・キリコによるデ・キリコ展」を世界各地で開催

1978 ローマにて死去

 

  

 

<国内で見られる主な絵画・所蔵品>

●大原美術館

制作年

へクトールとアンドロマケーの別れ

1918

●大阪市立近代美術館

 

福音書的な静物

1916

●横浜美術館

 

吟遊詩人

不詳

 

 

  

 

より理解のために

green07_next.gif デ・キリコの「美術家の言葉」

 

<デ・キリコ関連書籍>

 

 参考文献

『美術手帖 1979年2月号』 緊急特集・追悼=キリコ 発行:美術出版社

 「La Collection ポンピドー・コレクション展カタログ」編集発行:東京都現代美術館、朝日新聞社、テレビ朝日 1997

「ART GALLERY DE CHIRICO」 解説:峯村敏明 編集委員:中山公男、東野芳明、大岡信 発行:集英社 1986