Pierre Bonnard


  

  ピエール・ボナール


  

  

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美術家DATA ナビ派 目次

美術家の言葉 目次

ism(美術運動)の証言 目次

絵画の制作技法・構造と効果 目次

経歴

 1867 パリ近郊のフォントー=オー=ローズで陸軍省高官の家庭に生まれる

1887 パリで大学法学部に在籍しながらアカデミー・ジュリアンで学ぶ

1888 アカデミー・ジュリアンで友人のドニ、イベル、セリュジエ、ランソン、ヴュイアールらと共にナビ派を結成

1890 官立美術学校で開催された日本美術展に感銘を受け、浮世絵の平面的な形態把握と構図を研究。仲間から「日本かぶれのナビ」と呼ばれる

1891 アール・ヌーヴォー風のポスター<フランス・シャンパーニュ」を発表

 また、ナビ派に加わったヴュイヤールとともに日常生活を題材とした作品の制作をすすめる

1893 マリア・ブールサンと出会い、その後、彼女をモデルとした裸婦像の制作をはじめる

1900頃 作品に明るい色調をつかいはじめる。また、写真撮影も数多く行う

文学者との交友もうまれ、国外へも旅行

1908 画面に鏡を導入

1912 レジョン・ドヌール勲章を辞退

1918 「若きフランス絵画」の結成に際し、ルノワールとともに名誉会長に選出された

1924 身繕いをする女性を主題としたシリーズを制作していく

1925 南仏のカンヌに移住

1932 代表作のひとつである『昼食』制作

1947 死去。オランジェリー美術館で大回顧展開催される

 

 

 

  

 

<国内で見られる主な絵画・所蔵品>

●国立西洋美術館

制作年

働く人々

1916-20

座る娘と兎

1891

●村内美術館

 

朝食

1934

●川村記念美術館

 

浴室の裸婦

1907

●石橋財団ブリヂストン美術館

 

ヴェルノン付近の風景

1929

灯火

1899

●東京富士美術館

 

若い女

1905

●山形美術館(寄託

 

靴をはく若い女

1908-10

●新潟市美術館

 

浴室の裸婦

1907

●笠間日動美術館

 

室内の裸婦

1912頃

●大原美術館

 

欄干の猫

1909

●池田20世紀美術館

 

洪水の後

1906

ドフィネ地方の教会堂

1888頃

●愛知県美術館

 

子供と猫

1906頃

●ひろしま美術館

 

白いコルサージュの少女

1930

ピガール広場

1905

●宮崎県立美術館

 

葡萄を持つ女

1911

●鹿児島市立美術館

 

浴室の裸婦

1914頃

 

 

  

 

green07_next.gifボナールの「絵画の制作技法・構造と効果」

 

 ナビ派時代は遠近法を全く無視した平面的でアラベスクの作品を制作。装飾ポスターなども著名ですね。

 裸婦のテーマに移ってからは、鏡を画面の中に取り入れたことが大きな特徴といわれます。

 鏡に映し出された室内や身体と、実際の身体や家具など……空間が複雑に回りこんで、遠近感や奥行きがそこに生まれます。

 色彩ばかりに目がいってしまいますが、構図にも非常に配慮した作品を残しています。

 

<ボナール関連書籍>

 

 

 参考文献

「没後50年 ボナール展」 発行:愛知県美術館、中日新聞社 1997

 「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」 編集:読売新聞文化事業部、東京都美術館、京都市美術館 発行:読売新聞社 1999

「美術手帖 1976年1月号 特集 ナビ派−−色彩の預言者たち」 コラム 著:末永照和 発行:美術出版社

「オルセー美術館展1999 19世紀の夢と現実」 編集:高橋明也 発行:日本経済新聞社 1999 P156

「東京富士美術館所蔵 名品選集U 西洋絵画」 発行:東京富士美術館 1991

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