Unberto Boccioni


  

  ウンベルト・ボッチョーニ


  

  

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美術家DATA イタリア未来派目次

美術家の言葉 目次

ism(美術運動)の証言 目次

絵画の制作技法・構造と効果 目次

 

経歴

 1882 イタリアのレッジョ・カラーブリアに生まれる。ローマで絵画制作を開始。

1907 ミラノへ転居し活動

1910 「未来派宣言」を前年に発表した詩人のF.T.マリネッティを訪問。その後、「未来派画家宣言」と「未来派絵画技術宣言」の起草に関わる。未来派グループの参加者は、他にジャコモ・バッラ、ルイジ・ルッソロ、カルロ・カッラ、ジーノ・セヴェリーニ。

同年、ヴェネツッアのカ・ぺサーロ画廊で個展

イタリア未来派運動の先頭に立ち、絵画、彫刻を制作。「運動」と「スピード」の表現を追及。

1910 絵画作品『決起する都市』を制作

1911 パリへ旅行。そこで初めて立体派を知る

1912 絵画作品『弾性』を制作。

パリで未来派展(ベルネーム・ジュヌ画廊)単独で「未来派彫刻技法宣言」で伝統的彫刻概念を拒絶。サロン・ドートンヌに彫刻作品を出品

1913 彫刻作品『空間のなかに連続する単一の形態』を制作。パリのラ・ボエティ画廊で彫刻の個展を開催し成功。アポリネールとも親交。

「未来派絵画と彫刻(造形的ダイナミズム)」を著述して理論を固める

1915 第一次世界大戦にイタリア参戦とともに志願。

1916 徐隊後、再び召集を受け、前線にて落馬事故がもとで死去

 

 

  

 

<国内で見られる主な作品・所蔵品>

●大阪市立近代美術館

制作年

街路の力

1911

●高會堂青葉台

 

空間における連続性に特有な諸形態

 

 

 

  

 

より理解のために

green07_next.gif ボッチョーニの「絵画の制作技法・構造と効果」

green07_next.gif イタリア未来派の「ism(美術運動)の証言」

 <ボッチョーニ関連の書籍

 

イタリア未来派運動を、思想的な面からも、作品の技法や質からも支えた天才。

 未来派運動は、自動車などの近代機械装置の動き、スピードを主題にしていますが、ボッチョーニが取り組んだのは、躍動する肉体の動きであり、生命のエネルギーの表現を重要視しています。

 スピード感、エネルギーの爆発や発散を最も未来派の中で感じるのではないでしょうか。加えて、感情的な高揚も。

 作品ごとにその造形は異なりますが、どれも未来派の精神を反映した未来派としかいえない作品。未来派の造形の幅の広さを感じます。未来派にとり、その早世が惜しまれます。

 

参考文献

「メルツバッハー・コレクション展」 監修:千足伸行 発行:東京新聞 2001

「美術手帖 1975年3月号 特集 未来派−現代芸術への道標」 発行:美術出版社

「美術手帖 1986年12月号 特集 未来派 疾風のアヴァンギャルド」 発行:美術出版社

「カラー版 20世紀の美術」 監修:末永照和 発行:美術出版社 2000