Jean-Michel Basquiat


  

  ジャン・ミシェル・バスキア


  

  

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美術家DATA ニュー・ペインティング

美術家の言葉 目次

絵画の制作技法・手法と効果 目次

経歴

 1960 アメリカ合衆国NYブルックリンに生まれる。プエルトルコ、ハイチ系アメリカ人

1977-78  友人のアル・ディアズとともに、NYの壁や地下鉄に落書きし、著名SAMO(c)(Samo Old Shit)する

 ウォーホルに自身のポストカードを購入してもらうことに成功。ダウンタウンのクラブに出入りし常連となる。

 「ヴィレッジ・ヴォイス」誌にSAMOの記事が掲載され、注目される

1979 SAMO解散。ポストカード、Tシャツ、ドローイング制作。へリングと出会う

1980 サブ・カルチャーの文脈のグループ展「タイムズ・スクエア・ショー」に出品。ドキュメンタリー映画「New York Beat」に出演。これにより、アトリエを持ち、本格的に絵画制作を始める

1981 「ニューヨーク・ニューウェイブ」展に出品。アニナ・ノセイ・ギャラリーでのグループ展に出品。ディラーがつく

1982 アニナ・ノセイ・ギャラリーでの個展が大成功を治める

 ドクメンタ7に参加。同展参加アーティストのなかで最年少。チューリッヒ、ロッテルダムでも個展

 自身のアンデンティティである黒人の問題を追及。アニナ・ノセイとの関係に亀裂

1983 前年に続き、ラリー・ガゴシアン・ギャラリーで個展

 ホイットニー・バイエニアルに出品

 編集者を通してウォーホルと知り合い、共同制作やイベントでの共演などを行う

 東京のアキラ・イケダ・ギャラリーで個展

1984 メアリー・ブーン・ギャラリーと契約し個展。MOMAの「近代絵画・彫刻の国際」展に参加。作品の中に以前の絵のフォトコピーを組み入れる

 チューリッヒで、ウォーホル、クレメンテとの共作を展示

 ドラック使用が多くなり、奇行が目立つようになる

1985 メアリー・ブーン・ギャラリーなどで個展。健康状態が悪化。

 ウォーホルとの共作を発表するも不評

 アキラ・イケダ・ギャラリーでの個展で来日

1986 ガゴシアン・ギャラリーで個展。メアリー・ブーン・ギャラリーと決裂。

 ドラッグ問題での悪い噂や作品に対する不評があふれる

1987 パリで個展

1988 NYのバグーミアン・ギャラリーで個展

 薬物中毒で死去

 

 

 

  

 

 <国内で見られる主な絵画・所蔵品>

●世田谷美術館

制作年

See/アクリル、油彩、ミクストメディア

1985

●北九州市立美術館

 

消防士/アクリル、オイルスティック

1983

●直島コンテンポラリー・アート・ミュージアム

 

グア・グア

1984

 

  

 

 

 

参考文献

『現代美術』 著:クラウス・ホネス 発行:タッシェン 1992

『美術手帖 1997年1月号 特集:バスキア』 発行:美術出版社

「La Collection ポンピドー・コレクション展カタログ」編集発行:東京都現代美術館、朝日新聞社、テレビ朝日 1997

「世田谷美術館所蔵品目録」 発行:世田谷美術館

 「北九州市立美術館コレクション 1974-1991 絵画」 発行:北九州市立美術館 

直島コンテンポラリー・アート・ミュージアム HP館内ガイド