|
社会動向
|
文学の動向
|
|
中国で清朝の宣統帝が退位。清朝270年の歴史に幕。袁世凱が大統領に。
大正天皇即位。元老、特に陸軍大将山縣有朋がこの後強大な力をもつ(元老が首相推薦などの権限あり)。議会は貴族院と衆議院の二院制。
東京市内ではじめてタクシーが登場
|
「白樺」は明治43年に創刊。中心は武者小路実篤、志賀直哉、里見淳、有島生馬、柳宗悦。それぞれが絵画も描く。
また、「白樺」は幅広いヨーロッパ美術の紹介、展覧会も開催。後期印象派のゴッホやゴーギャン、またセザンヌ、ロダン、ブレイクなどを日本に紹介した。岸田劉生などは興奮してその図版が掲載された白樺を愛読していた
|
|
前年より民意に反した桂内閣が誕生したが(軍部の二個師団の増強要求で西園寺内閣倒れる)、「藩閥打倒」と軍閥の横暴に対する民衆運動が激化。数万の群集が議事堂を取り巻き、そして全国各地で警察署の焼き討ち、破壊の暴動が始まり、桂内閣は総辞職。
米国では日本人の土地所有を禁止する新土地法が可決・公布。日本人排斥が広がる。
中国では政府に対し第二革命を起こした孫文らが弾圧され、日本へ亡命。そして中国軍の日本軍人への侮辱事件がおき、中国への強硬論が高まる。
川崎造船で蒸気機関車第一号が完成
|
「白樺」には、その後、バーナード・リーチ、中川一政、梅原龍三郎らも参加
白樺派の作家たちは特権階級層が多かった。ぼっちゃんの道楽といわれるのを覚悟で、自分たちの感受性だけを信じ、自分たちが考えた思想だけ信じて真摯に生きることを考え、それを実行に移すことを主体としていた。新しい道徳を目指す。
文壇界は、島崎藤村らの自然主義と谷崎潤一郎らの反自然主義が並列する。
|
|
日本海軍軍人がドイツのシーメンス社からの収賄事件が発覚(シーメンス事件)。その後も建艦発注をめぐる海軍不正が露呈し、首相山本は海軍の重鎮でもあり、提出した予算案が不通化となり総辞職。
民主主義の潮流の前に、ついに藩閥外の大隈重信内閣が成立。
東京駅が開業
宝塚少女歌劇が発足
国内産業は紡績業に集中。深夜業もある昼夜二交代制で1日13〜16時間、非衛生な職場で働く中心は12〜20歳の農村出の女性。1〜2年でつぶされる実態を石原博士がレポートし、工場法の促進につながった。
財閥系は利益の高い鉱山、金融、海運、鉄道、貿易に集中独占。
オーストリア=ハンガリー帝国皇太子らがボスニア青年に暗殺されたのをきっかけに、オーストリアはセルビアと国交を断絶し宣戦布告。それに反応したロシアに対してドイツが軍事措置停止を求め、回答がもどらず宣戦布告。独は仏にも宣戦布告し、英は独に撤退を要求も無視され戦争状態に…と雪ダルマ式に第一次世界大戦に突入。
日英同盟から及びドイツの租借地・膠州湾を無条件に渡すよう独に勧告し、日本も参戦。マスコミは全て挙国一致を唱える。青島の独を破り占拠。その前に山東鉄道の全線を占拠。日本の野望に中国が疑惑をもつ。
海軍も太平洋上の独の領地、マリアナ、マーシャルなどを占拠。
|
白樺派は、ある意味において自然主義的な立場でもあり、また社会の批判者でもあった
ただし、自己だけの表現がありえるのかは疑問と、後の中村光夫を言う。「自己は、他を描いてはじめて現れるものであって、題材として自己だけを描くということが芸術の本道であるというのは、せっかちすぎやしないか、という感じがいたします」
夏目漱石『こころ』を新聞に連載発表。学習院での講演で、国家のために飯を食わされたり、国家のために便所にいかされたりしてはたいへんである、と語る。当時のマスコミとは全く反対のことを話す。
芥川龍之介が「新思潮」を創刊。
「少年倶楽部」が創刊
|
|
日本は中国の袁世凱大統領に21カ条要求をだす。山東省の権益、満鉄の権利期間の大幅延長、南満州などの自由の往来・営業・不動産所得、そして日本人を政治・軍事・財政顧問とすることや警察を日中合同とし多くの日本人をいれることなど中国主権を侵す内容。
米英の反発もあり、日本側も譲歩したが、それでも中国としては屈辱的な内容で調印。日貨排斥運動が起こる。
|
武者小路実篤が戯曲「その妹」を白樺に発表。内容は非戦論者の画家が兵隊となり、その後失明し廃兵となって新たな人生を始めなくてはならないところから始まる。国家が暴力的に画家の視力を奪った存在として描かれた社会批判的内容。
|
|
袁世凱大統領が英・仏らと連絡して大戦参加を画策していることが露呈し、大隈内閣は袁世凱の失脚の方針を前代未聞の閣議決定。治安撹乱工作実施。袁世凱は亡くなる。
独などの封鎖によって軍需品の欠乏にあえぐロシアは、軍品の援助を日本に求め、日露新協約が成立。日本は、ロシアにできうるかぎりの軍需品を供給するかわりに、長春〜ハルビン間の鉄道の譲歩を受ける。
連合国各国からの軍需品の注文が戦火から遠い日本に集中し、大戦景気がピークに達する。製造工業が飛躍的な発展。
|
夏目漱石は戦争について、自分は常にあの弾丸とあの硝薬とあの毒瓦斯とそれからあの肉団の鮮血とが、我々人類の未来の運命に、どの位の貢献をしているだろうかと考える、と語る。漱石はこの年に死去。
森鴎外が「高瀬舟」を発表
「婦人公論」が創刊
|
|
各地で成金も現れ、兵器工場での熟練工はとてつもない大金を手にし、女郎を買いきりにして毎日遊郭から工場へ通ったものまでいたという。
しかし、こうした賃金の高騰は、兵器関連などの一部のみ。農村の雑業層が都市部の工場などへ流出。
米国がついに参戦
ロシアで10月革命が起き新ソビエト政権誕生。新政権は全ての国との講和を宣言し、独との休戦が連合国としては東部戦線の崩壊、西部への独の戦力増強を招くとして、日本にシベリア出兵を要請。
中国で親日派の段が首相となり、援助により中国統一を実現させようとする(経済権益と軍事協定を見返りに)。日中軍事協定の調印。
|
志賀直哉が「和解」を発表
「主婦之友」が創刊
すでに「羅生門」「鼻」「芋粥」などを描いていた芥川龍之介の単行本「羅生門」が刊行。
新文壇の中心人物として一気に駆け上がる。
|
|
国内でシベリア出兵の論議が起き、それをあてこんだ米殻商人たちが投機的な米の買占めを行い、米の価格が狂乱的に高騰。大都市を中心に米騒動が各地で勃発。米商への焼き打ち、白木屋等の打ちこわし、鈴木商店の焼き打ちなどとなり、軍隊と激突。
その後、炭坑闘争にも飛び火。遺憾ながらも“民衆の力”に目覚め、社会運動を押し広げる形となる。
日本、シベリア出兵。二個師団までの当初の予定も大量出兵に。北満州へも進駐。
|
島崎藤村が前年のフランス旅行の経験をもとにした「新生」を描く
武者小路実篤らが、実験的な新しき村を宮城県に建設
|