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Caspar David Friedrich |
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カスパル・ダヴィット・フリードリヒ |
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経歴 1774 スウェーデン領フォアポメルンで蝋燭・石鹸製造を営む家庭に生まれる。幼少の頃に妹が死去。 また、溺れた自分を助けようとした弟がそのために死去。この事故がフリードリヒにとってさまざまな影響を与えていく。その後も姉の死去も経験 1794 コペンハーゲンの美術アカデミーに入学し学ぶ。その後、ドレスデンに転居し美術アカデミーに在籍する 1799 ドレスデン美術アカデミー展に出品 1801 翌年まで帰郷。画家のルンゲの訪問を受ける。また、その後、たびたび旅することとなるリューゲン島に旅行する 1805 ゲーテ主催のワイマール美術展に課題外の作品を出品し、受賞する 1807 油彩での本格的な制作を始める。ボヘミアへ旅行 1810 『海辺の修道士』『樫の森の中の修道院』がプロイセン王室に買い上げられる。ベルリン美術アカデミーの在外会員に 1813 ナポレオン軍と連合軍の戦いのため疎開 1814 ナポレオンが退位。愛国的作品をドレスデン美術展に出品 1816 ドレスデン美術アカデミーの会員に 1818 カロリーネと結婚。妻と帰郷。シュトラールズント市から依頼された聖母教会の内装デザインを送る 1824 ドレスデン美術アカデミー員外教授となる 1833 政治的なことも絡んでか、批判的な批評が増える 1835 脳出血になり湯治。 1836 デュッセルドルフ派の展覧会に出品 1840 死去
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※国内での所蔵品先は(私には)確認できておりません フリードリヒはドイツ・ロマン主義を一手に引き受けた画家。荒涼・殺伐とした風景に漂う寂寥感、そこに心象を投影した風景画といえるでしょう(北ドイツの厳しい自然をちゃんとモチーフにしていますが) イギリス・ロマン主義の風景画は、人の力が到底及ばない自然の脅威の前でひれ伏し“崇高”さを感じるというものですが、フリードリヒの方は、日常的にある自然の厳しい力に合い対峙する人間に力点がおかれているように感じます。その分、より厳粛な雰囲気、ある意味で宗教的世界観の匂いも漂います。 また、異次元とぽっかりとつながってしまった場所、を感じさせる風景画作品は、シュルレアリストのマグリットやエルンストなどにも多大な影響を与えています あなたは、フリードリヒの自然の前で、自分の“生”を感じますか?
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より理解のための <フリードリヒ関連の書籍>
参考文献 フリードリヒ年譜 大原まゆみ 『朝日美術館 フリードリヒ』 発行:朝日新聞社 1996 <精神の眼>による風景 ドイツ・ロマン主義の現代への問いかけ 千足伸行 「美術手帖 1978年3月号」 発行:美術出版社 『点描の画家たち』 監修:国立西洋美術館 発行:朝日新聞社 1985
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