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Edward Burne−Jones |
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エドワード・バーン=ジョーンズ |
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| 経歴 1833 イギリス、バーミンガムに生まれる。家庭環境は貧しく、母は出生時になくなる 1853 オックスフォードのエクセター・カレッジに入学し神学を学びはじめる。その頃、学内でウィリアム・モリスと知り合い、付き合いが始まる。 1855 マロリーの『アーサー王の死』を読み、感銘を受ける。この作品の影響は、終生ジョーンズに現れる。 1856 その後、ロセッティの水彩画を見て、自分たちの英雄と考え、直接会いに出向く 1857 ロセッティを慕って集まったモリスらと、オックスフォードのユニオン・クラブ討議室の壁画制作を始める。主題は『アーサー王の死』 1859 イタリア旅行へ 1861 ウィリアム・モリスが始めた家具・調度のインテリア店「モリス、マーシャル、フォークナー商会」の協力者となる。タピストリーやステンドグラスのデザインで成功する 1862 美術評論家ラスキンとイタリア旅行。ヴェネチィア派のティントレット、ティツッアーノ、ヴェロネーゼなどの模写なども行う 1864 水彩協会(オールド・ウォーターカラー)の準会員に選ばれる。両性具有的人物が登場していく 英国人実業家ウィリアム・グレイアムが作品の蒐集をはじめる 1870 男性裸体作品が展示場からはずされたことにより、水彩協会を脱退 ギリシア人のモデルのマリア・ザンバコと恋愛関係に。 72 までにラスキン、ロセッティとの関係にも亀裂が入り、以後77まで作品を定期的に発表する場を失う。その間、再度のイタリア旅行へ。 作家のヘンリー・ジェイムスが好意的に扱い、その後、復権をはたす。サイズも巨大化していく 1877 グローヴナー画廊の開館記念展覧会に出品し評判となる 1878 パリ万博美術展に『魔法をかけられたマーリン』などを出品。一般から熱狂的に支持されるようになる 伝説と神話の世界を探求。想像の世界を探求していくことにより、物質主義への批判の象徴派の流れにつながっていく 1885 バーミンガム美術家協会の会長に就任 1898 ロンドンにて死去
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<国内で見られる主な絵画・所蔵品>
バーン=ジョーンズは身体が弱く、初期には扱いやすいグワッシュの作品がほとんどです。 油彩作品は独特の光沢を持ち、また描かれる人物の膚は、他に類をみない独特の風合い(マチエール)があります。 この色彩と装飾的な(モリス〜商会の主要デザイナーであったこともあるのでしょうが)構成、そして親しみやすい神話や文学の主題に、魅了されてしまう人も多いのでは…。 一時期、業界内で“干された”状態からカムバックを果たした後の世界観は象徴派へと引き継がれていきます。 バーン=ジョーンズのファンの方は、彼に影響を及ぼした文学作品マロリー著作『アーサー王の死』をぜひ一読を! ちくま文庫から出版されてます |
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<バーン=ジョーンズ関連の書籍>
参考文献 『バーン=ジョーンズと後期ラファエル前派』展 図録 1987 伊勢丹美術館、山梨県立美術館「ラファエル前派 ヴィクトリア時代の幻視者たち」 著者:ローラン・デ・カール 監修:高階秀爾 訳:村上尚子 発行:椛n元社 2001 「ロセッティ ラファエル前派を超えて」 著者:谷田博幸 発行:兜ス凡社 1993 「世紀末ヨーロッパ 象徴派展」 監修:カトリーヌ・クロエス、フランソワ・ドールト、木島俊介 発行:東京新聞 1996 『ウィンスロップ・コレクション』展 発行:東京新聞 2002 『美術手帖1985年2月号 特集:ラファエル前派』 発行:美術出版社 「美術手帖1987年3月号 特集:世紀末を射る2つのB バーン=ジョーンズ ベックリーン」 発行:美術出版社 |
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