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PALB>ism(美術運動)の証言 |
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1917年に創刊された雑誌『ザ・ステイル』。創刊者であるファン・ドゥースブルク、そして新造形主義を唱えたピエト・モンドリアン、そしてこの運動に参加したデザイナーのヘリット・リートヴェルトや建築家たち。彼等が、直線によって構成される純粋形態の様式を産み落としたことは著名です。 しかし、彼等が、こうした様式を生み出すには理由があった…。彼等が新しい造形に向かったのはどうしてか? そのことを中心に証言をみていきます。
■新しい意識へ、それに相応しい表現とは? 新しい様式を生み出していこうとした契機のひとつは、モンドリアンの次の証言から、伺い知ることができるかもしれません。 「次第にわたしはキュビスムが自らの発見の論理的帰結を受け入れていないということ、そしてそれは究極の目標である純粋なリアリティの表現へと抽象を展開させていなかったことに気づき始めていた。わたしはこのリアリティが《純粋造形》によってのみ確立され得ると感じた」(「実在の真のヴィジョンをめざして」 /尾野正晴 「抽象美術の指導 カンディンスキー、マレーヴィッチ、モンドリアン」に所収 『美術手帖1984年11月号』 p20―21) 『ザ・ステイル』創刊者であり、美術家であるとともにデザイナー兼建築家のファン・ドゥースブルクは次のように証言しています。 「あらゆる芸術の最も強力な表現形式は、それぞれの芸術に固有な手段だけを使用することによって達成される」 (ファン・ドゥースブルク 『新しい造形芸術の原理』 1925/吉積健 「電子絵画への系譜」に所収 『美術手帖1987年8月号』 p84) そして、彼らは次のような共通認識を得るようになった。(雑誌『ザ・ステイル』(1918年11月号)で、参加メンバーが署名した宣言の中から) 「時代には、古い意識と新しい意識がある。古い意識は個と結びつき、新しい意識は普遍と結びつく。普遍に対する個のたたかいは、それ自体、世界大戦にもまた現代美術にもあらわれている」(『ザ・ステイル』U,4/『MONDRIAN』 著:ハンス L.C ジェファー 訳:乾由明 発行:美術出版社 1971 p38に所収) そこで問題となるのが、彼等の共通認識となった“固有な手段による、普遍であるもの”を一体どのように現わすのか? そのことについては、以下のモンドリアンの証言に現れています。 「新造形思考はしたがって現実世界の、あるいは具象的な表現形態をとりえない。具象がつねに一定の普遍的実在を表わすか、少なくとも内部にそれを秘めているとしてもこの事実は動かない。この新造形思考は外観の個々の特性つまり自然形態、色彩を考慮しない。反対に、その表現は形態と色彩の抽象をつうじ、ということは直線ならびに明白に境界を限定された原色によって成されるものである。 これらの普遍的表現法は、より抽象的な形態と色彩を不断に求める現代絵画の論理的かつ段階的な進歩によって見出された。ひとたび解決法が発見されるや、その後に続いたのは関係の厳密な表現のみである。関係の表現とは言い換えるなら、美についてのあらゆる造形感覚における本質的、根源的要素の表現である」 (ピエト・モンドリアン 「自然的実在と抽象的実在」/『抽象美術入門』 著:フランク・ウィットフォード 訳:木下哲夫 発行:美術出版社に所収) モンドリアンが提唱したこの“新造形主義(ネオ・プラスティシズム)”が旗印となり、「美しいものを普及させるためには、社会的な団体よりも精神的な団体こそ必要なのだ」(『デ・スティル― 20世紀の先駆』 著:ポール・オヴリー 訳:由水常雄 発行:PARCO出版局 1978 p11)、と考えていたドゥーフブルフは「ザ・ステイル」を立ち上げていきます。 しかし、忘れてはならないのは、デ・ステイルは絵画のための美術運動ではありません。この運動には、既に直線の面によって構成された《赤・青肘掛椅子》を制作していたヘリット・リートヴェルトなどのデザイナーや建築家たちも参加したのです。 何故、デザイナーや建築家たちも賛同し参加したのか? そして、そのことこそ、ザ・ステイル運動の主眼でもあるようです。
■デ・ステイルが目指した壮大な理念 ファン・ドゥースブルフは「ザ・ステイル」創刊号でこう証言しています 「造形美術の各分野の美術家たちが、自分たちは世界共通語をしゃべらなくてはならないのだということに気付けば、たちどころに、情熱を傾けて自分の個性にしがみついているということはしなくなるであろう。彼らは個人の限界をはるかに超越した普遍的原理を出す。その普遍的原理を出すことによって、自発的に、有機的スタイルを生み出していくようになる… ひたすらこの原理に添って進むことによってのみ、新しい造形美を、美術家と社会との新しい関係の中から生まれた一つのスタイルとして、すべての事物の中に表現することができるのである」(『デ・スティル―― 20世紀の先駆』 著:ポール・オヴリー 訳:由水常雄 発行:PARCO出版局 1978 p90) この運動の理論的支柱ともいうべきモンドリアンは次のような証言をしています。 「……大都市においては、自然はすでに人間精神によって整理され、統制されているからだ。建築における面や線の釣合とリズムは、気まぐれな自然よりも芸術家にとってより多くのことを意味する。大都市にあっては、美はより一層数学的に表現される。それゆえに、大都市は未来の芸術家の数学的な気質が、そこから発展しなければならない場所であり、新しい様式がそこからあらわれなければならない場所である」(『デ・ステイル』T,132/『MONDRIAN』 著:ハンス L.C ジェファー 訳:乾由明 発行:美術出版社 1971 p40に所収) そして、家具や建築物などをデザインし、現在にまでその影響を与えつづけているヘリット・リートヴェルトは… 「機能的な建物はただ現下の要求を満足させるだけのものであってはならない。それは隠された生活状況を踏まえたものでなくてはならない」(『デ・スティル― 20世紀の先駆』 著:ポール・オヴリー 訳:由水常雄 発行:PARCO出版局 1978 p119) ドゥースブルフやモンドリアンは、絵画の枠内のことだけを考えていたわけではなかった。デザイナーのリートヴェルトも装飾や機能だけを考えていたわけではなかった。彼らが考えていたことは……モンドリアンの証言を続けます。 「純粋な造形のヴィジョンは、それが芸術において新造形主義をもたらしたように、新しい社会を確立しなければならぬ。これは物質と精神の均衡にもとづく社会、釣合いのとれた諸関係から成り立つ社会である」(『ザ・ステイル』U,137/『MONDRIAN』 著:ハンス L.C ジェファー 訳:乾由明 発行:美術出版社 1971 p40に所収) 「これらの諸法則の適用は、家庭や街路や町の悲劇的な眺めをなくすだろう。悦び、道徳的や物質的な悦び、健康の悦びは、大きさと色彩、物質の空間の対置関係によってひろがるだろう。わずかな善意をもってしても、地上の楽園を創ることはそんなに不可能ではない」(『MONDRIAN』 著:ハンス L.C ジェファー 訳:乾由明 発行:美術出版社 1971 p55) 「……抽象現実的絵画は、ぼくらが部屋を色彩空間として組織することにより、その造形美をぼくらをとりまく空間に転移させることができるや否や消滅することになるだろう」 (『モンドリアン』 著:赤根和生 発行:美術出版社 p54) どうです? 空間様式から社会の変革を目指していた、といえなくもありません。現在においては、あまりにも壮大な構想が故に、リアリティが多分に欠如した滑稽な考えとみえてしまうかもしれませんが… しかし、間違えてはいけないのは、彼等がそうした社会を夢見みたのは、そこでは、あることが果たせると考えたことにあるのです。 モンドリアンはこう証言しています。 「物質から解放された美に対する感情は、この唯物的な社会をよみがえらすことができる」(「ザ・ステイル」V、44/『MONDRIAN』 著:ハンス L.C ジェファー 訳:乾由明 発行:美術出版社 1971 p55に所収) ドゥースブルフはこう証言します。 「美術家はプロレタリアートでもブルジョワジーでもない。彼らが創造するものは、プロレタリア階級のものではないし、ブルジョワ階級のものでもない。それは全ての人々のものだ。美術とは人間を生活のカオスから、悲劇から、解放する目的をもった、人間の精神的活動である」
■夢の行方… こうした意図を持っていたドゥースブルフとモンドリアンですが、その後、まもなく決別してしまいます。その契機は、ドゥースブルフが直線(垂直と平行)による構成というモンドリアンの造形思考に対抗するような、対角線を導入するエレメンタリズムを始めたことだといわれます。 表面的なことだけをなぞってしまうと、新しい社会のあり方まで考えていた人が、そんなことだけで仲たがいしてしまうのは、考え方や器が小さいぞ、と思えてしまうかもしれません。もちろん、決別の本当の理由は、社会に対するアプローチの志向性が対立したためでしょう。だからこそ表現も変わった。そういった意味で、表現方法の違いや変革は、表面上私たちが外側から思っている以上に、その思考を映す重要な鏡でもあるのです。 そして、その志向の違いとは… ドゥースブルフの証言は…「われわれもまた、全生活に自らの力を配分しなければならない。それこそ真の進歩なのだ。……(中略)……現代生活の機能化に適った新しい生活形式をこそ、創造しようではないか」(『デ・スティル― 20世紀の先駆』 著:ポール・オヴリー 訳:由水常雄 発行:PARCO出版局 1978 p96) 対してモンドリアンの証言は…「芸術は生活に先立つ。われわれが現在の生活のなかに見つけ出すことができるのは、あたらしい生活の序曲にすぎない。それゆえ、われわれは、芸術という自由な領域において、人間文化の進路を見出そうではないか」(モンドリアン「芸術と生活」/『MONDRIAN』 著:ハンス L.C ジェファー 訳:乾由明 発行:美術出版社 1971 p54―55に所収) ドゥースブルフは現在の生活に焦点を絞り、現実的機能にかなう新しい様式を生み出そうとし……モンドリアンはアトリエをその実行場所としていたように、造形を生活空間に転移し続けることによって新しい生活・精神を生み出そうとした……
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