PALB> ism (美術運動)の証言 red05_next.gif レイヨニスム(光線主義)宣言/ロシア・アヴァンギャルド時代1913年


  

  

 

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 “レイヨニスム”という美術運動に、馴染みはないかもしれません。でも、それは当然の話。レイヨニスム自体、大きな美術運動に発展したわけではありませんし、極端な話、一人で行われたものですから。

 しかし、美術運動自体、多数の美術家が参加することに意義があるわけではなく、どれだけ新しい次元に跳躍できたか、それによりその後にどれほどの影響を与えうるか、に意味があるわけです。そうした観点から見れば、レイヨニスムは間違いなく、ある方向に大きな跳躍を果たしています。

 さて、そのレイヨニスムは、ロシアのミハエル・ラリオーノフが1913年の「標的展」でその概念による作品を初めて公開すると同時に、宣言(レイヨニスト宣言)されたものです。

 

1913年のロシアの証言

 さて、その宣言の前にこの1913年には、ロシア国内でおもしろい宣言が他にもいくつもださせています。そのいくつかを紹介します。

 《言葉それ自体の宣言》

 「言葉は滅びてゆくが、世界は永遠に若い。芸術家は世界を新しく見出したのであり、アダムのように、すべてのものにその名を与えている。liliya(リーリヤ『百合の花』)は美しいが、「リーリヤ」なる言葉は手垢にまみれ『汚辱されている』。それゆえに私は百合の花をeuy(エウゥィ)と名づける。こうして原初の清廉がよみがえったのである」 『夢見る権利 ロシア・アヴァンギャルド再考』 著:桑野隆 発行:東京大学出版局 1996より)

  かなり実験的な試みのように感じますが、簡単にいってしまえば、新しい単語による意味の入れ替え

 今でいえば、“ゲッツ!!”とか“ハグ”なんてのもそうかもしれません。《〜を獲得する》とか《抱擁を交わす》いう言葉が、意味をそのままに新しい単語を当てはめることで、より今風のカッコ良い?響きに昇華される(昇華されるという単語自体、他の単語に変えた方がよいのかも)。まぁ、“ゲッツ!!”“ハグ”は、もともと英語による同一の意味の言葉ですから、この宣言の領域に到達するほどの実験性はありませんが…。

 そして、次の宣言はこちら…

 《なぜぼくらは顔に色を塗るか−−未来派宣言》

 「ぼくらは芸術と生活をむすびつけた。芸術家たちの長い孤独のあとでぼくらは声高に生活に呼びかけ、生活は芸術に浸透した。こんどは芸術が生活を浸す番だ。ぼくらの顔に塗られた絵具は、その侵入のはじまりである…。 

 ぼくらが顔に色を塗るのは、きれいな顔に好感がもてぬからであり、未知のものを知らせ、生活を再編し、人間の多面的な魂を、現実の上辺にまで導いていきたいからなのだ」 『夢見る権利 ロシア・アヴァンギャルド再考』 著:桑野隆 発行:東京大学出版局 1996より)

 大上段に構えた、ちょっと気恥ずかしさも感じる高揚感がありますね。でも、この宣言にあるような自分が“確信した革新性”こそが、ものごとを動かす原動力ではないでしょうか。「俺がこの状況を動かしてやる」という決意と行動は、他人から見れば、ちょっと滑稽に見えたりします。その中で、やり遂げるには、本人の“確信”がなければ続けられません。この運動の場合にも、実際に顔に模様を描いて街中を歩いたわけですから。

 ちょっと前の日本のファッション、“ガングロ”と“ヤマンバ”メイクも似たようなものかもしれません。日本人とは思えないメイク。「なんだ、ありゃ? 頭がおかしくなっちまったんじゃないの?」と思っていた人が大多数だったわけです。で、それを始めた当初の幾人かは、そうした周りの視線を間違いなく感じていた。でも、彼女たちにとっては、それは潜在的に持っていた日本人以外の外国人の容姿への憧れだったり、そうしたものを“美しい”と確信した感性に従って続けていた。それが、あの大ブームを巻き起こしたんですから。

 あれに何らかの思想や哲学が絡んで、次の視点と展開を見せられていたら、パフォーマンスとしての美術運動になったもしれない…なんて私なんかは思ってしまったりします。横道に逸れました。

 これらの宣言は、1905年の第一革命が未遂に終り、だからこそロシア市民の不満が蔓延し続け、古い価値はもういいかげんに清算して新しいものをつくった方がいい、という革命運動が再度盛り上がりを見せ始めた時代背景も考慮しておく必要はあるでしょう。

 

ラリオーノフによる宣言(レイヨニスムの定義)

「 一、反射光によって引き起こされた放射線(物体間の空間のなかで、これは一種の色彩粉末を形づくる)  ニ、放射の原理   三、放射性光線。紫外線。反射。 物体Aからの放射光線は物体Bから発する放射光線と交錯し、これらの物体の間の空間のなかで画家によって再創造された形象が生まれてくる。

 レイヨニスムは画面と自然の間の境界を消し去ってしまう。レイヨニズムにとって対象は出発点であり、それ以上の役割を絵のなかでもつことはない。絵画の本質は色彩の組み合わせ、その密度、深さ、仕上げである」 以上、二見史郎 特集内のコラム 「美術手帖 1974年9月号 特集 マレーヴィッチ 絵画の無化をめざして」 発行:美術出版社

 「光は通常、色彩の線によって平面上に表現される。絵画そのものの本質、つまり色彩の組み合わせ、その彩度、彩色されたマッス同士の関係、深み、テクスチュアは、そこで最高度に表現される」 『メルツバッハー・コレクション展』 作品解説:古田浩俊 監修:千足伸行 発行:東京新聞 2001 p204

 「現実のフォルムから独立し、絵画の法則に従って発展するレイヨニズム万歳!」 以上、二見史郎 特集内のコラム 「美術手帖 1974年9月号 特集 マレーヴィッチ 絵画の無化をめざして」 発行:美術出版社

  この当時、ロシアの美術状況はイタリア未来派とキュビズムの多大な影響下にありました。しかし、イタリア未来派とキュビズムが捨てきれなかった(あえて保持したともいえますが)いままでの物のフォルムを捨てるという行為に出たラリオーノフ。しかし、ラリオーノフが絵画としてのフォルムを捨てたわけではありません。

 ラリオーノフは『光線主義絵画』(1913年)のなかで改めてこういっています。

 「絵画とは絵画それ自体として独立した存在であり、そこには独自のフォルムと色彩、音色がある。光線主義が関心を持つのは、種々の物体の反射光線の交差から生じうる空間的フォルム、画家の意志によって選び出されたフォルムである」 『夢見る権利 ロシア・アヴァンギャルド再考』 著:桑野隆 発行:東京大学出版局 1996より)

 この宣言が出た年には、ドローネーもちょうどオルフィスム的な作品を描きはじめていますが、まだ物のフォルムを捨て去ってはいません。まさに画期的といえるでしょう。

 レイヨニスム宣言から間もなくして、マレーヴィッチ(レイヨニスム宣言の直前までラリオーノフとともに活動していた)が、白に黒の正方形の絵画を描き、その数年後に開催された「0.10展」で純粋抽象のシュプレマティスムに突入していくのです。

 

 (太字は筆者、トビー高橋が独自の判断で行ったものです)


 

 

  

 

 

 

 

 

 

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 (表紙装丁を図版の代わり?ということで)