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ism(美術運動)の証言 |
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アカデミーに敢然と反旗を掲げたラファエル前派。メンバーはロセッティ兄弟に、ウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・エヴァレット・ミレイ、ジェームズ・コリンソン、フレデリック・ジョージ・スティーヴンス、トマス・ウルナーの7名。彼らは秘密結社?のような謎の署名「P.R.B」(Pre-Raphaelite Brotherhoodの略)を用いて、イギリス画壇に大きな波紋を投げかけました。 ラファエル前派といえば、ロセッティの中期以降やラファエル前派第二世代のバーン=ジョーンズの作品が紹介される頻度が多いために、どちらかといえば“宿命の女”を描いた耽美主義的なイメージが強いかもしれませんが、実際はどちらもラファエル前派が実質的に空中分解した後のものです。 そこで、今回はあえて、ラファエル前派結成時(活動が実質的に機能していたとき)の彼らが何を目指していたのか? それに焦点を当てて彼らの証言を拾っていきます。
■ラファエル前派結成に及ぼしたもの そもそも、ラファエル前派が生まれるきっかけは、3人の芸術に対する議論から始まったといわれます。その3人とは、ハント、ミレイ、ダンテ・ガブリエル・ロセッティ。 ロセッティがロイヤル・アカデミー展に出品されていたハントの作品を見て感銘し、賞讃の言葉をかけたことから二人の親交が始まり、そこに既にハントと親交のあったミレイも加わる。そこで議論が繰り返された中で話題となったのが、作家であり美術批評家でもあったジョン・ラスキンの芸術に対する著作。ハントらは、ラスキンの考えに非常に感銘を受け、そこに“あるべき絵画芸術の姿”を見出したようです。 後にラスキンはラファエル前派のメンバーの作品を擁護するようになり、親交も始まります。 まずは、ラスキンの絵画に対する考え方の証言を見てみます。 「諸君はできる限り真摯な心をもって、自然に近づかねばならない。そして自然の意味を洞察し、自然の教えを学ぶにはどうすれば最善かということ以外の雑念を払いのけて、安心して自然ととともに歩めばよいのである。そして何ものも拒絶することなく、何ものも選択することなく、また何ものも軽蔑することなく、すべてが善いことを信じて、つねに真実のうちに喜びを見出すべきなのである」 (ラスキン著 『近代画家論』 J.Ruskin, Modern Painters, vol.1, London, 1843; New ed.,London, G.Allen,1897,p.448/ 『ロセッティ ラファエル前派を超えて』 著:谷田博幸 発行:平凡社 1993 p35に所収 こうしたラスキンの言葉をラファエロ前派のメンバーが当時多大な感銘を受けたということは、現在の私たちにとってはピンとはきません。そのためには、当時のイギリス絵画の主流が“美化して描く”ということに力点が置かれていた事を把握しておかなければなりません。 より美しく美化して描く、ということに対してラファエル前派のメンバーたちは何も見出せなかった、違和感を感じていた。そして……
■ラファエル前派の真意 そして彼らは、現状の風潮はイタリア・ルネサンスのラファエロから始まっている、と結論づけた。ハントはラファエロの作品について次のような証言をしています。 (ラファエロの《キリストの変容》に対して)「簡潔な真実に対する大げさな侮辱、使徒たちの仰々しいポーズ、救世主の精神性の欠如は糾弾に値する」 (『ラファエロ前派 ヴィクトリア時代の幻視者たち』 著:ローランス・デ・カール 訳:村上尚子 監修:高階秀爾 発行:創元社 2001 p19) だからこそ、ラファエロ以前に立ち帰ろうとした。しかし、間違えてはいけないのは、彼らはラファエロ以前の絵画を崇拝しようとしたわけではない、ラファエロ以前の絵画に戻ろうとしたのでもない、ということです。 彼らの思考の真意を、ラスキンはこう証言しています。 「彼らが昔に立ち帰ろうとするのは、因習的な規範にしばられることなく、彼らの望み通り、目にするものはそのまま、表現しようとする情景についても真実と想像されるままに描くことができるからです。 そこで彼らの名乗ったグループ名は、やや遺憾ではありますが、適切なものだと言えます。なぜなら、ラファエロ以前の画家たちは、皆それをやってきたからです。ラファエロ以後の画家たちは、事実そのものよりも美しいイメージを追い求めてきました。その結果、歴史画はご承知のように今日まで凋落の一途をたどってきたのです」 (「タイムズ」紙のラファエル前派の記事に対する遺憾の手紙 1851年5月14日付/『ラファエロ前派 ヴィクトリア時代の幻視者たち』 著:ローランス・デ・カール 訳:村上尚子 監修:高階秀爾 発行:創元社 2001 p104) ラファエル前派のスティーヴンスとハントがさらに補足してくれます。 スティーヴンスの証言 「科学は今世紀に入って精密さを極めてきている。地質学や科学は、ほぼ再編されたところだ。前者はいまだその端緒についたばかりだが、後者は万物を調査し計量するところまで領分を広げている。絶えず知識を実験という広い領域に照らし、丹念に事実を究明することがなければ、どうしてこうしたことが成就したであろうか。 もし理論ではなく、事実と実験への執着こそが(中略)科学における人類の知識を増大したのだとするなら、これが同様に芸術の精神的な諸目的に役立たないとどうしていえようか。虚偽によって経験を貶めることがあってはならない。いかなる点から見ても、真実こそが芸術家の目的であるべきなのだ」 (F.G.Stephens, "The Purpose and Tendency of Early Italian Art", The Germ, no.2, 1850,p.61) 『ロセッティ ラファエル前派を超えて』 著:谷田博幸 発行:平凡社 1993 p34に所収 ハントの証言 「われわれの望んだものはあくまでも自然であった。古典主義的なものであれ、中世趣味的なものであれ、およそリヴァイヴァリズムというものは朽ちた骨を探し求めるようなものだ」 (W.Holman Hunt, Pre-Raphaelitism and the Pre-Raphaelite Brotherhood, vol.T, p.61) 『ロセッティ ラファエル前派を超えて』 著:谷田博幸 発行:平凡社 1993 p33に所収) 彼らは懐古趣味を持ち合わせていた訳ではありません。彼らのいう「ラファエル前」とは、絵画に対する“考え方”をラファエロ以前にいったん戻して、そこから新しい表現を生み出す、もしくは絵画の持ちえる新しい力というものを見出そうとしたわけです。
■ラファエル前派の考え方 彼らが、ラファエロ以前に立ち戻って、そこから見出したことは、すでに証言の中に出てきています。そして、その実現のために彼らは次の表現方法をとるようになったのです。 ハントの証言 「すべての作品を屋外で制作し、太陽光で見えるものすべてを細部まで描き分ける」 (『ラファエロ前派 ヴィクトリア時代の幻視者たち』 著:ローランス・デ・カール 訳:村上尚子 監修:高階秀爾 発行:創元社 2001 p33) ミレイの証言 「今夜私は果樹園へ出かけた(素晴らしい月夜だったが、凍てつくような寒さだった)。ハントのためにランプを持ち、その効果を試した(略)。彼はこの月の光で絵を描くつもりである」 (『ラファエロ前派 ヴィクトリア時代の幻視者たち』 著:ローランス・デ・カール 訳:村上尚子 監修:高階秀爾 発行:創元社 2001 p59) まさにラスキンの最初の証言にあった「自然ととともに歩」み、「何ものも拒絶」せず、「選択することなく、また何ものも軽蔑することなく」、「つねに真実のうちに喜びを見出すべき」を方法で実践し始めたのです。 これらのことを前提にして、ロセッティが記述したといわれるラファエル前派の設立趣意宣言をみてみると、その真意が把握できるのではないでしょうか。 「1.表現に値する純正なアイデアを持つこと 2.そうしたアイデアを表現する方法を会得するために、自然を注意深く研究すること 3.因習的なものや自己顕示的なもの、また空で覚えたようなもの(型にはまったものとも)を除 外して、過去の芸術であれ、直截で真摯で真心のこもったものには共感を惜しまないこと 4.そして何よりも必要なことは、本当にすぐれた絵画や彫刻を制作すること」
ラファエル前派の定期的な会合は1848年から1851年まで続きますが、その後、1852年にはトマス・ウールナーがオーストラリアへ移住し、1953年にはミレイが敵対視していたロイヤル・アカデミーの準会員に選出され、翌年にはハントが聖地へ制作のために旅立ち、コリンスンとスティーヴンスが作家・批評家へと転身することで解体してしまいます。そしてロセッティも宿命の女を描く同じような耽美(唯美)主義的な作風に変化します。 最後までラファエル前派の趣旨に忠実であったのはハントといわれていますが、ミレイもロイヤル・アカデミーという画壇の権威・主流の中に入りながらも、名作といえる《盲目の少女》や《落ち葉》など、自然とともに歩みながら、何ものも差別しない等価の視線で作品をその後、10年以上に渡って描いていくのです。
※前述以外の参考文献 ●『ロセッティ展カタログ』 監修:河村錠一郎 編集:東京新聞 発行:東京新聞 1990 ●『美術手帖1985年2月号 特集:ラファエル前派』 発行:美術出版社 ●『ウィンスロップ・コレクション』展 発行:東京新聞 2002 (太字は筆者、トビー高橋が独自の判断で行ったものです)
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<ラファエル前派関連書籍> (表紙装丁を図版の代わり?ということで)
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